不定期的雑感日記
2007-10-22 [月]
_ [日記][旭山動物園] 旭山動物園の市民感謝デイ
市民感謝デイとは、数年前から、旭山動物園が夏期営業終了直後に開いているもので、市民を対象に動物園を無料開放する日のことです。今年は今日がその無料開放日だったので、久しぶりに運動不足解消をかねて、午後の1時間ほどの短い時間だったのですが、自転車で旭山動物園に行きました。名目上では、昨日で夏期営業が終了しているので、バスツアーなどの団体の観光客は全くいません。その上、肌寒い曇り空だったこともあって、動物園の中はいつもとは正反対に閑散としていました。思えば、こんなにも空いている旭山動物園を見たことはここ最近なかったように思いました。いつもなら混雑しているペンギンの水中トンネルやあざらしのマリンウェイもこの通り。これなら、ゆっくり楽しめますね。
ここには書かなかったのですが、前回ここに来たのは8月15日でした。それ以来、何か変わったところはないかと探したら、ありました。こいつです。イワトビペンギンのヒナ。30cm前後の至近距離から撮影しました。ほかのペンギンとは違って、毛が立っているところが何とも言えない異彩を放っていました。
旭山動物園に関しては、最近、こんなニュースがありました。
旭山動物園、本業で勝負 遊具撤去へ [北海道新聞]
旭山動物園公式ホームページ の中にある 旭山動物園ヒストリー なんかを見ると、遊具目当てに来る客が大半だった時期もあったようですが、今ではそれが完全に逆になってしまいました。旭山にある遊具は今となってはどれも古臭くて、子供でも見向く人はそれほど多くはないように思っていました。この遊具を新しく更新するぐらいなら、新しい動物舎を作った方が集客が望めるというのだから、大したものだと思います。ただ個人的に、観覧車だけは機会があれば再度設置しても良いんじゃないのかなぁと思います。旭山の観覧車に人気がないのは、全国のあちこちに建設されている新しい巨大観覧車と比べて見栄えがしないからというのが主な理由であって、山の斜面という立地条件を考えると観覧車を建てるには最高の場所だと思います。動物園といえど「行楽地」なのですから、大人も楽しめる「息抜き」の施設も一つぐらいは有っても良いんではないでしょうか。
2007-08-27 [月]
_ [日記][社会] 今年2度目の「製品リコール」
「氷殺ジェット」事故相次ぐ、ライオンが製造と販売を中止 [読売新聞]
実はこれ、2日前に近くのドラッグストアから買ってきたばかり。こんなことになるのなら、1本だけでなく2〜3本買いだめしておくべきだったかな。巨大掲示板の2ちゃんねるでは、「こんなものを買わなくても、PC用のエアーダスターを逆さにして噴射すればおk。」なんて書いている人がいましたが、私は今までまさにその通りのことをやっていました(笑)。でも、エアーダスターのガスだと蜘蛛のような這う虫はともかく飛ぶ虫は殺せないうえ、こういう使い方をしているとエアーダスターがすぐに無くなってしまいます。
でも、今回のこの自主回収、回収の理由が私には理解できない。この製品に限らず、エアゾール缶のガスに引火性があって危険なことぐらい、誰でも知ってる常識だと思っていたのですが...。セキュリティホール memo の方でも、
え゛……。火気厳禁なのはふつうの殺虫剤でも同じなのに。 利用者がバカすぎて回収ってことですか? 「氷殺」という言葉 (氷は燃えんやろ、という固定観念) が問題なのかな。
という感想を述べている。この製品がこういう理由で自主回収しなければならないのなら、他のエアゾール缶製品のほとんどもアウトなのではと私は思うんです。世間では様々な製品リコールの呼びかけが行なわれていて騒ぎになっていますが、何というか、それに対する過剰反応というか、「羮に懲りて膾を吹く」というパターンなんじゃないでしょうか。4月に書いた ACアダプタの無償交換 はすぐさま交換の申し込みをしましたが、この回収には私は応じるつもりはありません。
2007-08-13 [月]
_ [日記][芸能] 17年前のファンレター(アイドルの思い出・その2)
今から半年前(2月1日)の、島田奈美さんのことについて書いた記事 の中で、私が彼女に一度だけファンレターを送ったことがあると書きました。それに関してなのですが、今から2週間ほど前に、自分の部屋の整理をしていたら、その島田奈美さんに送ったファンレターのコピーが出てきました。このファンレター、コピーをとってあることはずっと覚えていたのですが、ひどくハズカシイ内容だったように記憶しているその手紙を改めて開いて読む勇気などとても無く、今までずっと眠ったままでした。でもこのコピーを発見したその日(7月30日)は、偶然にもその島田奈美さんが引退した日だったこともあって、17年ぶりに勇気を出して昔の自分と向き合ってみることにしました。
すでにあちこち黄色くなりかけたそのコピーを拡げて読んでみたものの、予想を遙かに超える、目を覆いたくなるような稚拙な文章の連続で、ハズカシイなんていうレベルのものではなかった(^_^;。文の構成や論理はめちゃくちゃだわ、妙に哲学者ぶったことからエラソーなことまでを長々と書いているわ、こんなものを送ってしまった自分が本当に怖い!。中には目を向けることさえ不可能な段落さえあり、読んでいて本当に胃が痛くなりました。
このファンレターを書いたのは、彼女が引退した2ヶ月後の、1990年10月頃だったと思います。そのころの自分は、ずっと応援し続けてきた彼女が突然引退したことで、かなりの喪失感に見舞われていたのを思い出しました。この手紙を書いているときも、できるならば今後もメディアの表舞台に居続けてほしいという気持ちと、彼女自身何らかの考えがあって引退するのだろうから本人の意思は尊重しなければという気持ちが葛藤していました。このファンレターの内容はそういった気持ちの発露だったんです。だからその気持ちが無くなった今読み返すとなおさら恥ずかしいんですね。
このファンレターを書こうと思い立った主な理由は2つ。半年前の記事(2/1) にも書きましたが、昔の私は自由に使えるお金が少なくて、コンサートやイベントに行ったりとかというような“ファンらしい”活動は何一つできませんでした。それに加えて、私はイジメに遭いやすい人間だったので、私が島田奈美のファンであることはほとんど誰にも公言しませんでした。そんなわけなので、その時になってふと、私が彼女のファンだったという“証拠”がほとんど何も残っていないことに気づき、このまま彼女のことも、そして微力ながら応援し続けてきた私のようなファンのことも、このままひっそりと何事も無かったかのように忘れ去られていくのかなぁと思うと、それが耐えられませんでした。それで、何らかの“公的な証拠”をここで一つ残しておきたいなと思ったのが第一の理由。
もう一つの理由は、彼女の活動末期におけるイメージチェンジのあり方について、彼女に進言したいことがあったこと。アイドルブームが終焉に向かっていた'80年代末は、“アイドルのままでは生き残れない”という危機感をどのアイドルも強く持っていた時期でして、アイドルという範疇・形態・イメージから脱出しようと、様々なアイドル転身の試みが行なわれました。彼女もその例外ではなく、当時音楽界で主流になりつつあった“アーティスト志向”へと転換しようとしたわけですが、その際の路線転換のやり方で私個人的にもっとも見るに堪えなかったのが、可愛らしさが感じられない典型的な“大人の女性”の雰囲気を強く前面に出すことでアイドルのイメージを消し去ろうという、彼女のやや強引なイメージチェンジのやり方でした。このイメージは、当時彼女が目指そうとしていた音楽のスタイルと調和を取ろうという意図もあったのでしょうし、その気になればいつでも生の彼女に会えるという恵まれたファンの方々にとってはこういったイメージチェンジも大して問題にならないのでしょうけど、何らかのメディアを通してしか彼女にお目にかかることのできない当時の私にとっては、一時期は本当にファンをやめようかと思ったほど辛く見るに堪えないものでした。何故ならば、可愛らしく魅力的な表情のみならず美人の雰囲気も併せ持つという彼女の魅力は、決して一過性のものではない彼女本来の個性であって、そういった個性的一面に他の誰よりも強い魅力を感じるというファンの男性たちの感性(好み)と同じく、それは今後年齢を重ねるにしたがって僅かな変化こそあれど決して大きく変わるものではないはずだと、私はそう信じていたからです。
彼女のこのイメージ戦略に彼女自身の意向がどれだけ入っていたかは今もって判らないのですが、もし彼女自身が変な勘違いをしているのならば改めていただきたい、可愛らしさが魅力の“大人の女性”だって存在して然るべきもの、メディアに溢れるステレオタイプな“大人の女性”像に惑わされないでほしい、引退して普通の人になったのなら是非とも貴女らしい個性的・魅力的な姿で今後の人生を歩んでいってください、ということを、どうしても一言彼女に進言したかったのでした。今にして思えばこういうイメージチェンジは、旧来のイメージを強引に“消し去る”やり方をしてもほとんど成功した例はなく、旧来のイメージに“打ち勝つ”ことのできる新たなイメージを確立することが重要なのだと、他の芸能人の例を見ているとつくづく思います。
さて、このような理由でファンレターを書こうと思い立ったものの、いままで手紙などはほとんど書いたことが無く、また、自分の思いを明文化することに対する気恥ずかしさもあって、なかなか実際の行動に移せませんでした。そんなこんなでモタモタしているうちに2ヶ月が過ぎ、引退後あまり月日が経つとファンレターが届かなくなるかもしれないと思うようになって、やっと執筆開始。でも当時の私は、いろいろなストレスが溜まっていたせいか集中力が一度に30分程度しか続かず、休み休み書き続けたため、書き終わるまでに1ヶ月近くを要してしまいました。しかも、後先を考えずに思いのままペンを走らせたため、全部でB5便箋21枚という大作になってしまい、市販の封筒にその手紙が入らないという事態になってしまいました。さすがにこれはまずいと思い、もっと薄い便箋を使い、さらに内容を整理して全体を書き直そうと思ったのですが、時は既に11月に入っており、これ以上遅れると本当にファンレターが届かなくなる恐れがあったので書き直しを断念。問題の封筒は、厚紙を折り曲げて自作しました。さらに、約1ヶ月をかけて完成させた大作ファンレターを記念に(!?)手元に残しておきたいと思ったので早朝のコンビニに出かけていってコピーをとった後、すぐに始発の地下鉄に乗って札幌の中心部に出かけ、札幌中央郵便局の時間外窓口から速達扱い(!)で差し出したことは今でもはっきりと覚えています。このファンレターが実際に彼女の元に届いたかどうかは定かではありませんが、厚さ1cmもあろうかというずっしりと重い封筒に、後先を考えずに書いた稚拙な文章のファンレター。もし届いていたら彼女はどう思ったことやらですね(^_^;。
その後、彼女が本名の島田奈央子の名前でライターをやっている(らしい)ということを私が知ったのは、1992年の初め頃だったと思います。さらに数年が経ち、彼女の仕事ぶりが板に付いた(と思われる)1997年頃から、“アイドルからの転身を果たした人”というような扱いで、現在の彼女の様子がたびたび雑誌などで取り上げられるようになりました。その中で個人的に最も嬉しかったのが、今から7年前(引退から10年後)に出された、'80年代アイドルのその後を追った週刊宝島の特集記事でした。先に掲載した私のファンレターの写真には、「奈美さんは可愛らしさが本当の魅力として残っていく女性だと思います」なんて書いてありますが、この一節を考え出すのにペンを持ちながらかなり時間を費やした覚えがあります。今でこそ、来年には40歳になろうかという飯島直子さんが素敵な笑顔でCMに登場する時代ですが、その当時はそういった女性は皆無に近かったと思いますし、当時の私のような20歳前後の青少年には30歳を過ぎた大人の女性はまるで別世界の人のように感じたものでしたから。可愛らしさが魅力の“大人の女性”だって存在して然るべき、といっても、どう書けば強い説得力を持たせられるものかと...。この週刊宝島の記事やその他雑誌・Web上で紹介されている現在の彼女の姿を見てこの上もなく嬉しく思うのは、私が十代の頃からずっと信じてきたそのことが正しかったということを今の彼女が証明してくれているからなのです。
私が中学生だった頃は、自分が高校生に進級するのが待ち遠しかったです。その理由は、当時のアイドルは高校1〜2年(15〜17歳)でデビューするのが通例でしたから、最も強く親近感を感じられる自分と同い年のアイドルたちがたくさんデビューしてくるのが待ち遠しかったのです。私の場合、その中の一人に島田奈美さんがいました。それ以降、私にとって彼女は“メディアの向こうにいる偉大なる同級生”といったような存在になり、彼女の活動状況を知るたびに“すげぇもんだなぁ、俺もガンバらねば!”というような感じで、何かにつけ勇気を与えられたものでした。なので、このファンレターを書いているとき、ふと、いま新たな人生を歩み始めようとしている彼女に、ささやかながら、そのことに対する恩返しをしたいというような気持ちになり、その手紙の最後を「歳をとってから後悔することのないような“若い頃”を生きてほしいと思います」という一文で締めました。その後の彼女の状況を見ていると、まさにそのとおりの幸せそうな人生を歩んでいるようで、これもまったくもって嬉しい限りです。ただ昔と違うのは、現在の彼女の活動状況を見聞きしても、今の私にはもはや勇気など沸いてこなくなってしまいました。この16年間、彼女の方はプロの職業人としての経験と実績をずっと積み重ね続けて今に至っていますが、私の方はというと、病気等の不運があったとはいえ、そういった職業人としての経験を積むことが満足にできないまま時を過ごすハメになってしまいました。なので、今、彼女の公式ホームページ に掲載されている彼女の見事な仕事っぷりを見ると、“昔は同級生のはずだったんだけれど、今はとても手の届かない遙か遠くの所へ行っちゃったなぁ”という思いが真っ先に沸いてきて、かつてのような親近感さえもほとんど感じなくなってしまいました。彼女に勇気を与えられるどころか、彼女の公式ホームページを開くことにさえかなりの勇気を要するという、昔とは真逆の状態に陥ってしまいました(^_^;。私の個人的な事情とはいえ、これだけが唯一、寂しく思うところです。
2007-07-11 [水]
_ [スポーツ] '07メジャーリーグオールスター
久しぶりにスポーツネタを。メジャーリーグオールスター2007、リアルタイムで見てしまいました。もちろんあのイチローのホームランも生放送で見ました。まぁ、ゲームの詳細についてはここに書く必要はないと思うので書かないけど、大味なプレーが少なかった分だけ、イチローのMVPというのは、私も含めた多くの人にとって納得の結果だったと思います。
でも、個人的にすごく残念だったのは、MVPを獲得した後のイチローのインタビュー。率直に言うと、あれぐらいの受け答えは英語で答えてほしかったです。はっきり言って、かっこ悪すぎます。記者会見などでは、かなり込み入った質問なども飛んでくる可能性があるので、無用な間違いが起こらないように通訳の力を借りるというポリシーもわかるのですが、ああいったインタビューでは質問内容もさほど難しくありませんし、生放送中のヒーローインタビューということを考えると、たとえつたなくても英語で答えようという姿勢だけでも見せた方が、現地の人に与える印象もずっと良いと思うんです。後でもう一度見てみると、インタビュアーの言葉の大半をイチローはそのまま理解できているような様子でしたし。私はてっきり、英語でインタビューに答えるものだと思って生放送を見ていたのですが、ヒーローインタビューでいきなり通訳に頼るイチローの姿を見てなんだか恥ずかしくなってしまって、すぐに音声を消してしまいました。この辺の態度は逆に、中田英寿を見習え!と言いたいです。



